20081123 | |
臼大明神 |
住所 | 京都市中京区材木町「5番路地」 | |
祭神 | 臼大明神 | |
摂社 ・ 末社 |
なし | |
神徳 | 念願成就 |
由緒 | 創祀は不明。井上頼寿の『京都民俗志』によれば、「大津紺屋関に棲んでいた八九郎狸が住処を失い、ここの臼の中に移った。託宣により一度に祠を営まず、次第に築いて行く」とある。また、願いを一つだけ聞いてくれると伝えられ、臼大明神は江戸時代からここにあったと云われている。大正15年、菱屋募兵衛、清水やす、清水八重の三人により基台部が築かれ、その後に屋根がつくられたと記録に残る。 三条と四条への間、先斗町から木屋町通へ通り抜ける細い路地がいくつもある。三条側から番号が振られ、臼大明神のある路地は「5番路地」にあたり、「ウスの路地」とも云う。路地の真ん中北側に、「臼大明神」の祠があり、目なしの下臼が祀ってある。 猪熊兼繁京都大学名誉教授によれば、天正の時代、近くにあった天主教会がキリシタン弾圧で破却されたので、信徒が「でうす」と「臼」をかけて信仰していたのではないかともされる。また、「臼に足をかけて格子をふいていた女中おり、幾日もせずうちに気が狂ってしまった。女将が臼を磨き、神職が祝詞を捧げたところ女中もたちどころに完治した」という話も伝わっている。 |
5番路地を臼大明神から木屋町を見る。 | ||
5番路地を臼大明神から先斗町を見る。 | ||
「臼大明神」の碑と、下に「目なしの下臼」が見える。 |
勝手にリンク | 鳴き砂ホームページ | |
参考文献 | なし |
Home |