20070113
改定 20070506
神明神社
住所 京都市下京区神明町
祭神 天照皇大神・文子天満宮
摂社

末社
五社
神徳 神明神社
 厄除け・火除け

文子天満宮
 学問の神
由緒  創祀は不明。もとは藤原忠通邸にあった鎮守社。近衛天皇がしばしば行幸し、四条内裏、東洞院内裏と呼ばれた。その後、天台宗護国山立願寺によって管理され、明治の神仏分離により神明神社として独立した。社頭に榎の大木があったため、榎神明とも呼ばれた。戦後、豊園小学校内に祀られていた文子天満宮を合祀した。
 近衛天皇の時、鵺が夜毎空に現れ都を騒がした。源頼政は鵺を退治するよう勅命をうけ、神明神社に祈願し、みごと鵺を退治した。この時に御礼として奉納したのが社宝の二本の鏃であり、今に伝えられている。
 姉小路通の狭い街路に面し、神明神社の社がビルに挟まれて建つ。
 味わいのない水盤。
 拝所。右手に末社の五社が見える。
 神明造の本殿。
勝手にリンク なし
参考文献 なし
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