20061106
石座神社
住所 京都市左京区岩倉上蔵町
祭神 八所明神
 石座・新羅・八幡・山王
 春日・住吉・松尾・賀茂

十二所明神
 八所明神及び、
 伊勢・平野・貴船・稲荷
摂社

末社
猿田彦社 猿田彦神・愛宕神
一言主社 一言主神

東三社 熊野・貴船・出雲
西三社 香取・鹿島・稲荷
神徳 不明
由緒  天禄2年、円融帝により大雲寺が建立され、その鎮守として、岩倉の産土神である石座大明神を勧請した。『山城名跡巡行誌』に「八所明神の社、堂の東に在り。長徳3年4月18日石座の神託に依り、勧請と為す。十二所明神の社は八所の西に在り」とあり、長徳3年、石座明神に七明神を加え八所明神とし 、その後、八所明神に四明神を加えて十二所明神社を八所明神の西に創祀した。以来一千余年の間、岩倉の産土神として尊崇されてきた。天文15年、兵火に罹り社殿焼失、22年には再興される。現社殿は天正20年3月造営で階前擬宝珠に年号が銘刻されている。明治期の神社統廃合のおり、石座神社より「石座」の名を譲られ、八所・十二所両明神社は石座神社と称し、石座神社は山住神社と号すようになった。現在、山住神社は石座神社の御旅所とされている。
 本殿前には「慶長19年十二月日」「北岩座山十二所大明神石灯炉」と銘文のある石灯籠二基がある。万年岡から遷座した猿田彦社と、寛文8年、後水尾院中宮東福門院が正水山に創立した一言主社が合祀されている。
 旧9月15日に「北山石蔵大明神祭」と称する祭礼が行われていた。これは神器を頭にのせた新婦の尻を枝で打つ受胎のまじないの行事で尻叩き祭りとして有名であったが明治期に中止された。現在では10月23日に例祭が行われ、前夜に雄雌の大蛇の形をした松明を点じる神事があり、当日に二基の神輿が御旅所に渡御する。他に桜の馬場での競馬や奉納相撲が行われている。
 実相院の北、大雲寺の西に石座神社の石段が続く。この石段と踊り場はしばしば時代劇の撮影場所となっている。
 階下から軒を広げた舞台を見上げる。
 神饌所。
 八所明神。
 十二所明神。京の古式残す一間社流造。
 猿田彦社。
 一言主社の鳥居。
 一言主社。
 一言主社の狛犬。愛嬌があって可愛い。
 熊野・貴船・出雲の各末社。
 香取・鹿島・稲荷の各末社。
 傘状の水盤舎。
 境内図。
勝手にリンク なし
参考文献 京都・山城寺院神社大事典 平凡社 1997
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