20070120 | |
朝日神明宮 |
住所 | 京都市下京区下鱗形町 | |
祭神 | 天照大神 | |
摂社 ・ 末社 |
猿田彦社 | |
神徳 | 不明 |
由緒 | 貞観年間、丹波桑田郡穴太村に造営され、元亀3年に現在地に遷座したとされる。 かつては、南北は五条通から松原通、東西は河原町通から富小路通に至る広大な社域を有し、「幸神の森」と呼ばれた。末社として竈神社・稲荷社・祓川社・恒情神社・人丸社・飛梅天神・八幡春日社・猿田彦社の八社があったが、天明の大火、元治の兵火により大半が焼失し、現在は猿田彦社(幸神社)が残り、神石を安置するのみである。 江戸中期から明治維新まで増穂氏が代々神主を務め、京の町で通俗的神道講釈を試みた増穂残口は有名である。 (参考:駒札/京都市)
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五条河原町、麩屋町を少し上がったところに、朝日神明宮がある。 | ||
釘貫門。 | ||
水盤舎。 | ||
拝所、覆屋。 | ||
拝所から。 | ||
本殿。 | ||
本殿裏の猿田彦社。 | ||
神石2石。 |
リンク | なし | |
参考文献 | なし |
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