20120320
月読神社
住所 京都市西京区松室山添町
祭神 月読尊

相殿
 高皇産霊尊
摂社

末社
御船社・聖徳太子社・月延石
神徳 安産祈願
由緒  顕宗天皇3年の創祀。『日本書紀』によれば、阿閉臣事代が命を受け任那へ出使した際に、月神が人に神懸りし「我が祖、高皇産霊は天地創造の功がある。民地を以て我を奉れ。請うままに献じれば福慶がある」と語った。事代は都に還り詳しく奉じ、山背国葛野郡歌荒樔田の地を神領として賜った。その際、壱岐県主を祖にする押見宿禰が神職として奉仕し、その後卜部と称して代々神職として務めている。歌荒樔田とは、「うた」は宇田に通じ良田を意味し、「あらす」は荒洲に通じ未開拓の中州を意味し、場所は桂上野村、桂里、有栖川流域など諸説あって特定されていない。
 大宝元年、例祭を勅祭と定められた。斉衡3年、水害を避けて現在の松尾山麓に遷座した。貞観元年に正二位、延喜6年に正一位の神階を受ける。『延喜式神明帳』では「葛野坐月読神社」と記載され、名神大社に列している。天慶4年、神宮号の宣下を受けた。
 独立の神社であったが、松尾大社の影響を受け「松尾七社」の一つとして、明治10年には境外摂社と定められた。
 境内にある「月延石」は安産石とも称し、神功皇后が三韓を収めた際、身籠った誉田別の出産を遅らせるために腹に抱えた石の一つとされている。舒明天皇が伊岐公乙等を筑紫に遣わして神社に納められた。
 松尾神社南方、松尾山を背に負う形で月読神社がある。
 神門より内を境内とする。
 社務所。
 拝殿。
 本殿。
 解穢の水
 聖徳太子社。
 御船社。
 月延石。
 境内東側にある祭神不明の末社。
勝手にリンク 松尾大社
Wikipedia
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参考文献 なし
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