20110103
四ノ宮大明神
住所 京都市山科区四ノ宮泉水町
祭神 人康親王
摂社

末社
京都石仏大日如来
弘法大師不動明王
行者神変大菩薩
神徳 芸能上達
由緒  創祀は不明。人康親王は、仁明天皇の第4皇子であり、母は藤原沢子とする。通称山科宮。貞観元年、病気のために出家し、諸羽山の麓に隠棲した。四ノ宮という地名は、親王が天皇の第4皇子である事に因むという説がある。隠棲の理由は両目の患いとされ、宮に盲人を集め、琵琶・管弦・詩歌を教えたと伝わる。盲人男性の自治的互助組織である当道座では、親王は琵琶の名手であり、琵琶法師の祖とする。また、親王の死後、側に仕えた者に検校と匂当の官位を与えたとする故事から、当道座の官位を検校・別当・匂当・座頭とした。親王の命日である5月5日には、琵琶法師が集まり、四ノ宮河原で琵琶を奉納した。親王は『伊勢物語』に登場する「山科の禅師親王」にあたる。
 大正4年、「やましな飴」で財を成した松村輿三郎が石垣を整備し、親王を祀る祠を再興した。またその際に、近辺にあった地蔵を集め、同様に祀った。
 山科地蔵の路地の奥、アパートの壁に四ノ宮大明神の案内がある。
 住宅の隙間に肩幅の参道が続く。
 参道の突き当りは広くなり、壇上に築かれた石垣の上に小祠が建つ。
 「琵琶琴元祖四ノ宮大明神」と彫られた基壇の上の傾き朽ちかけた社。
 小祠の東側には御足摺水がある。
 人康親王が地面を足で摺った所、水が湧き出てきたと伝わる。以前は北側の山手にあったが、国鉄の築堤造営によりここに移された。 。
 明治期に付近より集められた石仏たち。
勝手にリンク 鏡山次郎ホームページ
参考文献 なし
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