20061204
中山神社
住所 京都市中京区岩上町
祭神 素盞鳴命

併祀
 櫛石窓神・豊石窓神
摂社

末社
清久稲荷大明神
神徳 母乳・子育ての神
由緒  古くは岩上神社・石神神社とも言われ、中山神社の社名は、鎌倉初期の内大臣中山忠親の邸宅跡に造営されたからと伝わる。延暦13年、桓武天皇の勅命により素盞鳴命を主神とし、朝夕、内裏の門を守護する櫛石窓神・豊石窓神の二柱を併祀した。その後、『百錬抄』に「永享5年6月16日、冷泉院石上明神、神殿に移る」とみえ、嵯峨天皇の後院冷泉院の鎮守社になっている。永享6年には従三位、天喜元年には初めて官幣を受ける。冷泉院荒廃後も旧地にあり、健保2年、冷泉院と共に焼亡する。『明徳記』には明徳2年の乱に社前で合戦があったと記されている。慶長7年、二条城造営に際し岩神町に移転、天明8年の火災では再造営され、その後、石上寺と号し社僧の管理となった。江戸期には「乳汁漏出」の絵馬が掲げられ、母乳・子育ての神様として女性の信仰を集めていた。
 堀川通の一本西側を、御池から松原まで抜ける通りが岩上通である。二条城造営の時に作られた新道で中山神社の旧名に依る。その岩上通蛸薬師上がるに中山神社の境内が東面している。
 境内の半分が駐車場となっており、参道と駐車場の間にあった水盤。
 細長い絵馬堂拝殿。
 神明造の本殿。
 本殿南側にある清久稲荷大明神。
勝手にリンク なし
参考文献 京都・山城寺院神社大事典 平凡社 1997
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